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過去の体験談2

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私の家は父方・母方共、先祖供養が全く放置されていて、そのせいか本来の跡取にあたる人が様々な形で次々いなくなり、本来跡取とは縁の無いはずの我が家が跡取になっている状態です。

POWER OF HEALINGで初めて先祖供養の大切さについて話を聞いた時も、正直言ってあまりピンと来ませんでした。
そんな私に、川本先生が治療のオイルに供養のレメディーを混ぜたのですが、それ以来、色々不思議な事が起こるようになったのです。

まず、私自身の気持ちに変化が起こりました。
それまでは先祖供養など全く無関心だったのに、日が経つにつれて何故かだんだん、やはりそういう事はきちんとしなければという気持ちが自然にわいてくるようになったのです。

そして私が最初に思い立ったのは、母が生き別れた兄弟を探す事でした。
私の母は幼少の頃養子に出されて以来、親兄弟と生き別れになったまま天涯孤独の身で、先祖を供養したくても自分のルーツが全く分からないために供養のしようがない状態だったのです。
母は結婚以来40年、父のせいで1度も故郷に帰る事ができませんでした。
私は以前から、いつか母と一緒に母の生まれ故郷に行って、母の兄弟達を探そうと考えてはいたのですが、私自身の生活にも色々あり、中々実現できないままだったのです。

しかし供養のレメディーに出会ってから数週間たった頃でしょうか、何故か無性にそれを「今」実現しなければならないような気持ちが、虫の知らせのような感覚で沸き起こってきたのです。

それから実家の母に電話をし、「一緒に探しに行こう。」と話したのですが、後で聞いた話によると、母はその時の私の強い口調に大変驚き、圧倒されたそうです。
そして具体的にいつ行ってどうやって探そうという話を詰めていた矢先の事、突然実家の母から電話があり、なんと「兄弟達が見つかった」と言うのです!
私は訳が分からずあっけにとられたのですが、母に事情を聞いたところ、兄弟の中の1人である叔父がホームレス生活の末、末期ガンに侵され、東京都福祉課の世話で入院生活をしていたのですが、余命がわずかとなり、福祉課の職員の方が叔父の身内を探して兄弟姉妹1人1人に連絡を取って知らせてくれたというのです。

実のところ母に「一緒に探しに行こう。」とは言ったものの、実家も私も自分の生活で精一杯の貧乏生活で、人探しなんて興信所に頼めば莫大なお金がかかるし、かといって現地の役所に問い合わせてもそんな事には全く対応してくれないだろうし、兄弟達もとうに故郷を出て全国に散らばってる可能性が高いし、どうやって探そうか、時間もお金もかかるだけで何の成果もないかもしれない等々、難問だらけで頭を抱えていたのです。
それが探そうと思った矢先に、こちらが何の労力もお金も使う事なく、突然見つかったのですから、奇跡としか言いようがありません。

福祉課から連絡があってすぐ他の兄弟達と連絡を取り合い叔父の所へ見舞いに行き、まだ意識があるうちに話をする事ができたのです。
そして叔父は私達が見舞いに行った3日後に亡くなりました。

母はまだ健在する兄弟達と60年ぶりの再会を果たし、ようやく自分のルーツを知る事ができたのでした。そして実の祖母や叔父の写真等をもらい、実家で飾ってお線香をあげるなど、ささやかながら供養する事ができるようになったのでした。そんな事があって以来、私は供養のレメディーを自分で使うようになったのですが、奇跡はその後も続いたのです。

私には死産した兄が1人いるのですが、その兄は当時両親が極貧の身だったため、ただ埋められただけで墓石も建てられず、何の供養もされないままずっと放置されていました。
これも以前から「いつか供養しなければ」とは思いつつ、日々の生活に追われて出来ずじまいだったのですが、前回母の兄弟達が急に見つかった出来事から1年くらいたった後でしょうか、「今」それをやらなければならないような、虫の知らせのような衝動がまた急に湧いてきて、それを実行する決心をしたのです。

両親の話ではN県T町という山奥の小さな町にある寺の敷地内に埋葬したとの事なので、私は「そんな小さな田舎町ならどうせ寺は1つしかないだろう。」と思い、インターネットで調べてみたのですが、T町のホームページを見たら、小さい町にもかかわらず寺が7つもあったのです。
そこで両親にどの寺に埋葬したのか聞いたところ、40年も前の事で埋めた寺の名前も、どんな場所だったかも全く記憶しておらず、それでは供養のしようがありません。

それからN県T町というのは大変なへき地にあり、電車や車で行こうとするととても日帰りで行ける所ではありませんでした。実はちょうどその頃、私は経済的に大変苦しい状態だったので、何日も仕事を休んだ上に数日分の旅費をかけて行くなど、その時の私にとっては本当は実現不可能な事だったのです。
なのに何で今こんな事を実行しようとしてるのかと自分でも不思議に思いながらインターネットで調べ始めたのですが、T町のホームページを見てみたら、ちょうどその年の、兄の命日の月から、T町へ直行する高速バスの定期便が開通するとのお知らせが出ていたのです。そしたら日帰りで大変安く行く事ができるのです。あまりのタイミングの良さに、やはりこれは偶然ではないのだと思いました。

とはいうものの、やはり埋葬された寺を特定できなければ、現地へ行ったところで供養のしようがありません。寺への埋葬を手配した助産院に問い合わせてみましたが、当時の助産婦さんはすでに他界し、全く分からないとの事でした。
その時、たまたま職場に数週間前に入社した人がT町出身の人で(これもすごい偶然ですが)その人にも聞いてみたのですが、やはり両親のわずかな記憶だけでは、どの寺かは特定できませんでした。

色々思案した結果、最後に残った手段は、町役場に問い合わせてみるしかありませんでした。
両親の話では、町役場に埋葬の許可を申請して手続きをしたとの事なので、当時の書類が残っていれば、それで分かるかもしれないのです。

しかし、お役所がそんな40年も前の埋葬の許可に関する問い合わせに対応してくれるかどうかは甚だ疑問でした。
それに町役場のホームページを見たら、各部署のメールアドレスは載っていたのですが、埋葬の許可に関する問い合わせはどの部署にしたらいのか全く分かりません。
仕方ないので、多分この部署ではないかと思えるところに、全く当てずっぽうでメールを出してみたのです。でも、どうせお役所のこと、そんな問い合わせはたらい回しにされるか放置されるかで、返事なんか来ないだろうと、ほとんど諦めていました。

ところが来たのです、すぐ返事が!
しかも私が問い合わせたのは結局担当が違う部署だったのにもかかわらず、メールを読んだ課長さんが(自分の担当ではないのに)すぐ担当部署へ出向いて調べて下さり、返事をくれたのでした。
そして埋葬された寺が分かったのです!
それだけでなく、その課長さんは寺の住職にも話をして下さったというのです。
そのおかげで、その後寺に連絡を取った時、話が大変スムーズに運び、本来なら考えられない事ですが、電話で口頭で戒名を頂く事ができたのでした。いくら私が県外在住で何度も足を運べないとはいえ、やはり課長さんの口利きがあったおかげでしょう。

そしてこちらで作った位牌を持って兄の命日にT町へ供養をしに行ったのですが、寺の住職の話によると、その課長さんは私がメールで問い合わせた件だけのために、わざわざ寺に来て熱心に話をしていったそうなのです。
住職も感心してましたが、本来ならそんな事は課長さんの職務ではないのに、そこまでして下さるなんて、お役所といえば通り一遍で冷たい対応のイメージなのに、中にはこんなに親切で良心的な人がいるのだと、感動しました。

寺での供養を済ませた後、帰りのバスまでまだ少し時間があったので、「町役場へ行って課長さんに御礼を言おうかしら。」と思ったのですが、観光案内の地図を見ても大雑把すぎてよく分からないし、探してる間にバスの時間がきてしまったら困るし、それに考えてみればアポ無しでいきなり訪ねるのは非常識な事なので、「まぁいいか、しょうがない。適当に散歩でもしてよう。」と思い、しばらく全く適当にブラブラと歩いていたのですが、そしたら偶然にも「町役場、ここ入って○○m。」と書いた大きな看板に出くわしたのです。
(もう、まるで誘ってるかのように。)私は、「ああ、これはきっと、ちゃんと会って御礼を言いなさいという事なんだな。」と思い、思い切って町役場を訪ねる事にしました。
そして受付で、先日メールで問い合わせた○○である旨伝えたところ、課長さんは突然の訪問にもかからわず、面会に出て来て下さったのでした。

これも後で考えてみたら大変都合の良い偶然だったのですが、高速バスの停留所と兄が埋葬された寺と町役場は全て、歩いて10分以内の範囲にあったのです。
T町は山奥の小さな町とはいっても面積はかなり広かったので、もしそれぞれが反対方向にあったら、寺での供養と課長さんに直接会ってきちんと御礼を言うという、大切な用事をあの日に1度に済ませる事は出来なかったでしょう。

今思えば、母の兄弟達が突然見つかった時の事も福祉課の職員の方が叔父の兄弟姉妹を探して連絡を取ってくれたおかげでしたが、それも本来ならその職員の方にそこまでする義務はなく、御好意でして下さったのではないかと思います。
そして兄の供養の件では、私のメールを読んだのがあの課長さんだったから実現出来たのであって、もし私が違う部署にメールを出して他の人が読んでいたら、そこまでしてもらえる事はなく、供養も実現出来なかったのではないかと思うのです。

このように供養のレメディーは、「先祖の墓が何処にあるか分からず、供養したくてもできない」ような場合には、それが見つかるように導いてくれるのではないでしょうか。
ちょうどいいタイミングで物事が良い方向へ流れていき、必要な場合は助けの手を差し伸べてくれる善良な人に巡り合わせてくれるのです。
私が経験した事は、そういう事なんだと思います。

私の先祖供養にはまだいくつか難題が残っていますが、それらも「するべき時が来た時に、完璧なタイミングで良い方向に流れていく」のだろうと思っています。
まず自分に出来る範囲で努力をし、それ以上の事は供養のレメディーが助けてくれる役割をする、そう思って今も供養のレメディーを使い続けています。

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